「外回りに行くって言っておいて」と他のスタッフの子に頼み、ロープを肩にかけてひっぱると、少し重いけどなんとか前に進むことができた。試着室をひきずって街へ繰り出す。こんなものを堂々と移動させていたら周りからジロジロ見られるんじゃないかと覚悟していたけど、街の人々はさほど気にも止めないみたいだった。きっとイベントの設営か、何かの撮影だと思ったんだろう。あれだけ不機嫌だったお客様もカーテンの中で「いいわよ。ここまでしてもらわなくても……」と弱気になっている。私は「何言ってるんですか。こうなったら絶対に気に入るお洋服、探しましょう!」と励ました。「お客様には必ず試着室から笑顔で出て来て頂きたいんです!」
私はこうなったら、彼女に思いっきりお洒落な服を着せてあげたいと思った。私が一番好きなショップに行こう。そのためには住宅街に続く急な坂道のアップダウンをこえなければならない。私は道ゆく人たちに手伝って下さいと声をかけた。みんな「カーテンの中身はなんなの?」と興味津々だった。私が「うちの店のお客様です」と言うと、「変わった宣伝だね」と言いながらも、数人の人が坂道の上までなら押してあげるよ、と力を貸してくれた。
私たちは力を合わせて試着室を運んだ。坂の傾斜がきつくなればなるほどカーテンが斜めに揺れて被さり、中にいる彼女の形がちょっとずつ分かり始めた。私以外は誰も気づいていないみたいだったけど、彼女はちっともデブなんかじゃなかった。小さいは小さいけど、チビというのでもなかった。そもそも人という感じでもなかった。カーテンに覆われた彼女は、見たこともない変わった形をしていた。時折ネチャネチャドロドロという音が聞こえて、カーテンの形は出っぱったり引っ込んだりしていた。実のところ、彼女の正体はまったくよく分からなかった。でも私はこう思った。こんな個性的な体型なんだもの、どの洋服も気に入らないはずよね!
坂の一番上まで試着室を引っ張り上げて、あとは向こう側に下るだけだとみんなで一息吐いていたら、私の手からロープが滑り落ちて、試着室はタイヤをごろごろ鳴らしながら坂道を下り始めた。私はもう力を使い果たして追っかける元気も残っていなかったから、見送ることしかできなかった。試着室は坂の下のほうまで物凄い勢いで下っていき、見る見る小さくなっていく。
私は「お客様!」と声を振り絞った。
「よかったら、その試着室のカーテンどうぞ!」
カーテンの隙き間から突き出た手が、まるで車の窓からさよならするみたいにいつまでも大きく私に向かって振られていた。途中、何かが道に放り投げられたようだったので、気力を奮い立たせ、なんとかそこまで走って拾ってみると、どこの国のものか分からない紙幣だった。
お陰でそれ以来、私は道で見かけるいろんなものについて想像しながら歩く癖がついた。あらゆるものは、自分の想像を超えているのかもしれないのだ。それに今考えると、彼女の形って流動的でグロテスクだったけど、見ようによってはエレガントだった。野原に敷いたピクニックシートなんて、フラワープリントのワンピースみたいで、彼女に結構似合うんじゃないかな。